Jul 01, 2011
62歳でベッドにデビューした姑
姑は、女性特有の病気を再発してしまい、半年ほど前からホルモン治療と抗がん剤治療が開始されています。これまでは全く健康だったのですが、治療のための投薬が強いのには体を起こすのも大変なことがあるとのこと。今まで布団で寝起きしていたが思い切ってベッドを購入しました。布団の生活に慣れていたので、最初は少し違和感を感じたようですが今はついてかなり楽になったよう。ベッドは、若い人よりも高齢者や病気のある人のほうが、むしろ市販しなければならないかもしれません。いつも座る用途に便利なソファですが、3人用などの広いことを独り占めすると、そこで寝てしまうこともできます。ある日、いつものようにソファに横になっており、夢は少し痛い、何か落ちた夢を見ました。起きてみると、自分の体がソファから離れていました。足元には足のつぼマッサージ板が置いてありました。うずくまってすごく痛みに襲われています。けがはしなかったが、その痛みは二度と味わいたいと思わないと感じました。そんなことがあっても、まだソファで寝ています。気持ちがいいです。最高です。
ロッテは19日、台湾出身の蔡森夫内野手(23)を育成選手として獲得したと発表した。190センチの長身で、台湾の社会人野球でプレーしていた。年俸は240万円。背番号は125。(金額は推定)。
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◇小学生ら基本から学ぶ
社会人野球で活躍する日本新薬の選手やスタッフ22人が16日、京都市右京区のわかさスタジアム京都で少年野球教室の講師を務めた。捕球や打撃の基本から大きな声を出す心構えまで、市内のチームに所属し活躍する小学生87人に寒さを吹き飛ばす熱血指導をした。
市体育協会と京都野球協会が主催した。捕球指導では、選手が「野球で一番の基本はキャッチボール」と強調。児童らは内外野に分かれ、体の正面で捕球するといった基本から学んだ。
川岡体振パンサーズJrの中嶋悠君(11)は、観戦したことのある日本新薬の選手について「投手の球の速さも、バッターの振りの切れも格好いい」と話し、「投げる時は足をしっかり上げ、打つ時はバットを力強く振るようにしたい」と笑顔を見せた。【成田有佳】
1月19日朝刊
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プロ野球の南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を歴任した野村克也さん(75)が監督を務めて話題を集め、06年限りで廃部した社会人野球のシダックスの元スタッフ、選手らが、OB会を結成する。廃部後は互いの連絡もままならなかったが、150人程度が集まる。22日に東京都内で初会合を開く。
シダックスは93年創部。キューバの代表選手を招へいするなどし、99年の日本選手権で優勝。野村監督の1年目だった03年に都市対抗で準優勝した。05年秋に野村監督の楽天監督就任が決まり、06年限りで廃部となった。
プロに武田勝投手(32)=日本ハム、森福允彦投手(24)=ソフトバンク=らを出した他、捕手の坂田精二郎(36)がセガサミーを経て今季から立正大のコーチを務めるなど、アマチュア球界にも人材を輩出している。
元マネジャーの梅沢直充さん(35)によると、一昨年末に元選手が死去した際、互いに連絡を取り合うことが難しかったことがOB会結成のきっかけ。野村さん、チームの総監督だったシダックス創業者の志太勤さん(76)も加わるという。
当面の活動は、22日の総会で決めるが、現在も選手や指導者として野球を続けているOBの支援が中心になる。梅沢さんは「要請があれば、野球教室などの活動もできるのではないか。廃部とはなったが、OB会という形で、シダックスというチームを世に残したい」と話している。【藤倉聡子】
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佑ちゃんの次は洋ちゃんだ。全日本大学野球連盟の監督会は18日、横浜市内で常任委員会、総会を行い、大学日本代表の新監督に法大・金光興二監督(55)を選出。新指揮官は、昨年の甲子園で春夏連覇を達成し、中大に進学予定の島袋洋奨投手(興南3年)=写真=を日本ハム入りした早大・斎藤の後継者候補に指名した。
高ぶる期待感を隠そうともしなかった。島袋について聞かれた金光監督は「まだ大学で実績を残したわけではないけど、斎藤佑樹くんみたいに4年間、大学球界を引っ張って行く存在になってくれれば」。春季リーグ戦で活躍すれば、という条件付きながら、甲子園を沸かせた“琉球トルネード”を大学ジャパンに抜てきし、英才教育を施すプランを明かした。
この日は金光監督のほか、コーチとして明大・善波達也監督、東北福祉大・山路哲生監督、亜大・生田勉監督を選出した。金光ジャパンの任期は2年間。7月の日米大学野球選手権(米国)は東海大・菅野、東洋大・藤岡、明大・野村の「BIG3」で制し、来年の第6回世界大学野球選手権(台湾)は島袋で悲願の金メダルを狙う。
◆金光 興二(かねみつ・こうじ)1955年9月15日、広島市生まれ。55歳。広島商では主将として73年センバツ準優勝、夏は全国制覇。法大では江川卓氏らと同期で4連覇を含め5度の優勝。77年ドラフトで近鉄の1位指名を拒否し、三菱重工広島入り。79年都市対抗で優勝した。その後、広島商監督としてセンバツに2度出場し、03年春から法大監督を務める。
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