Apr 13, 2010
老化防止と外壁塗装の実態について
外壁塗装本来の目的は、住宅の老朽化を防ぐことのことです。一度購入し、それで終わるわけではありません。やはり定期的なメンテナンスが必要になって来るのです。外壁塗装は、新たに出た住宅もあります。少しずつ対策していくし、バランスのよい処理を行うことが可能になるのです。今住んでいる注文住宅を建てた時、まだ若く、それまで見てきたモデルルームや住宅雑誌の情報をもとに注文を出してしまったようだ。もちろん、そのような情報は、有用な面も多いが、今ならもっと別の注文ができると考える。当時は結婚してまだ数年だったこともあり、自分の生活スタイルを見なかった。今すぐ注文住宅を建てる場合見かけではなく、徹底的に合理的で実用的な掃除が楽で、冷暖房を最小限にする家を購入する。
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐって、仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事の真意は一体どこにあるのか、との声が広がっている。移設先とされる名護市辺野古では条件付き容認論が依然強い。超党派の国会議員連盟も辺野古移設を確約するなど、問題を前進させる機運は高まりつつあるのに、決断先送りの知事の姿勢が膠着(こうちゃく)状態を招いているようだ。(那覇支局長 宮本雅史)
9日夜、前原誠司前外相らを共同代表とする超党派の議員連盟「新世紀の安全保障を確立する議員の会」の所属議員6人が名護市を訪れた。
一行は、条件付き容認派住民らで組織する「北部地域振興協議会」のメンバー約70人と懇談した。
「超党派議連は仮にどの政党が与党になろうと、普天間の移設先は日米合意に基づき、揺るぎなくやっていく」
前原氏や自民党の中谷元衆院議員らは辺野古移設推進をこう確約した。
◆早期解決の動きも
名護市では、今年4月、米軍キャンプハンセンに用地を提供している許田、喜瀬の両地区が「辺野古等と連携を図りつつ防衛施設行政に協力していく」と決議するなど、早期移設の動きは勢いを増しつつある。
前原氏ら超党派議連の後押しに、出席者たちは拍手喝采を送ったが、一方で「これまで、聞き心地の良い話を聞いたが、どれも実現されなかった。どこまで実現する腹があるのか」との声も聞かれた。
こうした冷静な見方の背景には、条件付き県内移設から一転して県外移設派に転じた仲井真知事の真意と、県外移設を振り上げた知事の拳をだれがどのように引き下ろすかが見えてこないことがある。
知事は昨秋の知事選以降、昨年4月の県民大会と昨年1月の名護市長選の結果を理由にして、「県外移設」を繰り返してきている。並行して、昨年5月の日米合意については、政府に対して辺野古に回帰した経緯の合理的な説明を求めてきた。
そんな知事に政府は“土下座外交”を繰り返し、説得に時間を費やしてきたが、問題は複雑化するばかりだ。
◆リーダーシップ期待
こうした中、知事の真意が垣間見えるような場面もある。
6月13日の北沢俊美防衛相との会談では、辺野古回帰の理由と米軍の必要性を説明しようとする北沢氏の言葉を遮り、「十分な時間をいただいて大臣の話を聞きたい」と引き続き話し合う余地を残す発言をした。その直後、「知事は県内移設反対を主張するが」と質問した報道陣の一言に気色ばみ「私は反対という表現を使っていない。(普天間問題を解決するには)他の県の方が早いと言っているだけだ」と語気を強めた。
米軍基地受け入れと表裏一体のポスト沖縄振興計画は来年度から始まる。水面下では沖縄県と政府との間で激しい駆け引きが展開されているが、ある沖縄の経済界重鎮はこう注文をつけた。
「最優先すべきは普天間飛行場の移設と危険の除去。名護市では、市長が市長職を辞してまで受け入れを決めるなど厳しい選択をした。それを忘れてしまっている。130万県民すべての顔色をうかがっていては問題は解決しない。知事も振り上げた拳をどう下ろすか。知事の強いリーダーシップと決断に期待するほかない」
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■「夏休みまで頑張ろう」
1学期終了まであと1週間。ゴールデンウイーク後に他校の校舎を間借りして授業を再開させた宮城県石巻市立渡波(わたのは)小学校では遅れを取り戻すため、7月から土曜日授業をスタート。子供たちは「月曜がつらい」とぼやきながらも元気に登校を続けている。授業参観では、環境の変化に負けずに勉強する姿を見た保護者も一安心。暑さが厳しさを増す中、子供たちも先生も「夏休みまで頑張ろう」を合言葉に汗を流している。
《7月9日 土曜日だけど学校。眠いなあ》
授業再開以来、2クラス合同で授業を行っている1年生の教室にはあくびが飛び交う。まだ学校に不慣れなこともあり、さすがに疲れを隠せない様子だ。
「紅組は白組より何人多いかな?」。伊藤久美先生の問いに、「算数が好き」という2組の愛夢(あいむ)ちゃん(7)は目をこすりながら手を挙げた。
この日の気温は朝から25度を超えていた。伊藤先生も子供たちの気を引くため、授業でさまざまな工夫を凝らす。「遊びにならないよう、でも集中力を切らさないように」
授業の疲れやがれきによる粉塵(ふんじん)の影響で、渡波小では5月以降、感染症やかぜで延べ40人以上が欠席した。保健室の狩野陽子先生(53)は「先生も子供も『夏休みまで頑張ろう』が合言葉」と話し、体調不良のためベッドで寝込む4年生2人を見つめた。
下校後、4年1組の諒也(りょうや)君(10)は「月曜の朝がつらいんだよなあ。日曜日の次の日が休みじゃないと」とため息をついた。
《7月4日 授業参観。でもいつもと同じ調子》
5年2組の授業は算数の分数。末永有哉先生(25)は保護者と子供が見つめるなか、黒板にリンゴの絵を書いた。「うまいだろう」。子供たちに笑顔で語りかけると、竜也(たつや)君(10)ら子供たちは一斉に「うまくねえし!」。普段と同じ調子に保護者から笑いが漏れた。
「震災前と同じように、先生が子供に自然に接してくれているのが分かってほっとしました」。竜也君の母、美智子さん(42)も安堵(あんど)の表情を浮かべた。
一方、諒也君の4年1組の教室を訪れた母、愛さん(33)は「随分寂しくなったなあ」と感じた。74人いた4年生は49人に減り、教室の広さが目立つ。
教室に飾られていたのは子供たちが「夢」をテーマに描いた絵。震災前は警察官と消防隊員を目指していた諒也君は自衛隊員の姿を描いていた。被災地で黙々と汗を流す姿を見て夢も変わっていた。「子供は前に進もうとしている」。愛さんは成長を感じ取った。
《7月3日 少年野球の全国大会行きが決まった》
「全国だ!」。渡波小の児童中心で作る少年野球チーム「渡波マリーンズ」と、隣町の「万石浦ベイスターズ」の合同チームが4年生以下の県大会で優勝し、11月の全国大会への出場を決めた。参加数は県内11チームと少ないが、これまで勝利とは縁のなかった渡波マリーンズの5人は、はや2回戦の途中から涙がこぼれた。
「うれしい、悔しい。そんな涙を流すのを見るのは震災以来初めてでした」という4年2組の丈滝(じょうたき)君(9)の母、義恵さんは「泣いたらボール見えないよ!」と叫びながら、自分の涙も抑えきれなかった。
バス通学になり、放課後に一緒に遊べる機会が極端に減った子供たち。それだけにマリーンズの子供たちにとって練習が何よりの楽しみ。セカンドで出場した諒也君は練習のない日も家で素振りをしたりして努力を続けた。「プロ野球選手にもなりたいなあ」。夢は膨らむばかりだ。
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