Nov 01, 2009
おすすめのパワーは、修正
パワーの中で最も基本となるのは変更してください。決定は、パワーの中でも浄化力が優れています。その決定は不適切です。大きいほど、パワーは力を発揮します。修正もそうです。大きな決定されると、まれため、非常に高価です。それで私のための大きい決定を手に入れるのが目標です。ラピスラズリは、パワーを知っているだろうか。名前の通り、深い青色をしたパワーである。群青色をしており、日本でも昔から七宝の一つとなっていた石である。ツタンカーメンのマスクは、このラピスラズリは、パワーが使用されており、世界でちやほやしたことがわかったのだ。この高貴な青い色は、なかなか他の石ではない。
医師免許を持ちながら2003年に“お笑い映画”での世界制覇を夢見て渡米、映画監督に転身したスパイシーマック(福岡県北九州市出身の日本人)のオリジナル脚本・監督作品『史上最高のパンツ一丁男』が、12月16日発売のDVDで日本初上陸する。日本人プロデューサーのジャック・ワイズマンJr.と組み、1万2000ドルという超低予算で2008年にハリウッドで製作された正真正銘のインディーズ系“ハリウッド映画”。米国の俳優100人以上のキャストを動員し、通りすがりの日本人セレブ役で女優・裕木奈江もカメオ出演する爆笑コメディだ。
セクシーなお姉さんも登場
異種格闘技の違法試合で逮捕されたジャックら4人は釈放の条件としてロサンゼルス市警の誘拐訓練の犯人役として奉仕することに。しかし、誤って一般人を拉致監禁してしまい、人質解放の条件として別に見たくもないアメリカ大統領にストリップダンスを要求するというストーリー。15章のチャプターから構成され、それぞれがほぼ独立したお笑いショートコントでありながら、すべてのエピソードがリンクして、90分の長編映画として楽しめる。
事件解決の鍵を握る主人公のFBI交渉人が「敵意が無く丸腰であることを証明する」ために真面目にパンツ一丁になるなど、全編にわたってナンセンスなギャグのオンパレードというスリリングな展開。この映画の存在そのものが“クライムサスペンス”のような作品だ。
スパイシーマック監督は「映画を観てくれる人に笑ってもらいたい。映画を作る目的にそれ以上も、それ以下も無い」と揺るぎない信念を語る。渡米した理由は「やはり世界中の人を楽しませたいから。英語言語で製作すれば、世界中の人が見ますし、それだけでも可能性が広がるから」。渡米後も、フィルムスクールにはいっさい行かず、何年もかけて独自の映画製作メソッドを確立。「予算が無い」「役者が来ない」「製作スタッフがいない」などのいかなる悪条件も乗り越え、監督・撮影・編集を一手に手がけて映画を完成させるスキルと執念を身につけたという。
今作に至っては、DVD700枚に焼いてジョージ・ルーカスやジェリー・ブラッカイマーなどあらゆるハリウッドセレブに送るといった傍若無人なプロモーションに打って出て、戻ってきたのは約400枚という“成果”もあった。2009年には『メキシコ国際映画祭』(メキシコとアメリカの国境近くにあるリゾート地ロザリオ・ビーチで2007年からスタートしたインディペンデント映画祭)で、長編映画としては日本人初のパルムドール賞を獲得するという快挙も成し遂げた。2010年には北米市場でDVD(米題は『SPICY MAC PROJECT』)の発売にもこぎつけた。
念願の日本初上陸を果たしてスパイシーマック監督は「これまで日本上陸を阻んでいたのは、自分の監督としての力量の無さ、それに尽きると素直に反省しています。ただ、配給会社からは『お姉ちゃんの裸のシーンはないのか?』『血しぶきやグロいスプラッター的なシーンは無いのか?』などと聞かれ、僕は『赤ちゃんからお年寄りまで安心してご視聴になれる作品』をモットーに作っていたので、その点でボツになったことは結構たくさんありました」と語っている。
今後もハリウッドを制作活動の拠点とするが、「もちろん日本でもやってみたい。ただ現状では『スパイシーマック? なにそれ? ハンバーガー?』的な知名度ですので、もうちょっと有名になって、ぜひ日本で日本語のコメディ映画を製作したい」と話していた。
【関連記事】
裕木奈江、“アラフォー”再婚に期待「もしかしたらいいことがあるかも」(11年06月04日)
伊勢谷友介監督最新作に西島秀俊、森山未來、裕木奈江らが出演 (10年12月10日)
ハリウッドからやって来た異端児 『Lily』中島央監督(11年04月01日)
GACKTハリウッド映画初出演作、『BUNRAKU ブンラク』日本公開決定(11年10月26日)
加瀬亮、5年ぶりのハリウッド出演作を披露「もっとボーダーレスに」(11年10月24日)
今日11月9日は野口英世の生誕135周年だという。Googleトップページが試験管をかざす科学者のイラストになっており、機材がそれぞれ「Google」ロゴの「o」や「l」の文字に見立てられている。
ロゴをクリックした検索結果
野口英世は1876年(明治9年)11月9日福島県生まれ。日本の学校教育は小学校だけ。若くしてアメリカに渡り研究生活を送り、晩年はアフリカで黄熱病の研究に勤しんだが、自身が罹患し、1928年にガーナで51年の生涯を閉じた。
7日のキュリー夫人同様、子供向けの偉人伝が数多く刊行され、また現在の1,000円札に肖像が使われていることもあって医学研究者としては非常に知名度が高い。幼少時に囲炉裏に左手を突っ込んで大火傷を負う。高等小学校入学後、同級生らの募金によってその左手の手術を行った話を覚えている人も多いだろう。
アメリカでは不眠不休といわれるほどの勢いで細菌の培養実験などを行い、実験技術のスキルの高さで評判をとった。ノーベル賞候補に3回選出されるも受賞することはなかった。また、偉人伝などからはうかがい知れないユニークなキャラクターもWikipediaなどには記されている。興味のある人は一読を。
【関連記事】
【特集】ロゴ
今日のGoogleロゴは「キュリー夫人」、光と影が交錯した人生
今日のGoogleロゴは雲間に浮かぶ富士の頂、クリックすると?
今日の“Googleロゴ”はクイーンのフレディ・マーキュリーバージョン
Googleロゴが360年証明できなかった難問「フェルマーの最終定理」に
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.